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小林麻央 ブログ「KOKORO」余命最後の「オレンジジュース」記事が泣ける【画像】

   

2017年6月23日、市川海老蔵が小林麻央の報道を、マスコミ各社に自粛を呼びかけた件について。

市川海老蔵が会見前に自粛を呼びかけたのにもかかわらず、マスコミは小林麻央さんの死去を一斉に報道し、自宅に押しかけるというマスコミには嫌悪しか感じない。まるで「待ってました」とばかりに嬉々として押しかけているようにしか思えず、ファンの人もそうでない人もこんな報道は望んでないし、海老蔵のが会見するというのを待てばよかった。

「察してくれ」という訴えすら無視するマスコミ。

さらに海老蔵の会見での記者たちの質問を聞いていたら「粗探し」というか「市川海老蔵が将来、別の女性と再婚した時に叩く為のネタ探し」をしているような記者の質問は、デリカシーが無かった気がして、色々な意味で2人が報われない。

海老蔵は、辛いのに会見で真摯に答え、気丈に振る舞い、小林麻央の最後の言葉「愛してる」という言葉は、ネットで感動を呼んでいる。

愛し、愛され、本当に素晴らしい夫婦。
生きるということは、時にたくましく、時には残酷という事をこの夫婦は私たちに教えてくれた。

小林麻央さんが34歳という若さでの旅立ち、残された海老蔵は子供たちに現実を教えなければならないと思うと胸が苦しくなる。

今回は、小林麻央の最後の言葉となったブログ「KOKORO」でのここ数日間をまとめてみた。

■目次

小林麻央ブログ「KOKORO」の最後の記事内容

小林麻央のブログ「KOKORO」で報告した足のむくみ

小林麻央の最後の言葉

小林麻央のブログ「KOKORO」は生きた証明

小林麻央ブログ「KOKORO」の最後の記事内容

小林麻央


小林麻央のブログは、14日の夜から更新がなく、17日夜には、巡業中だった夫の市川海老蔵が「ブログの更新がないと心配してしまう」と書き込んでいた。

5日ぶりとなった20日のブログの内容は、小林麻央の体調の悪化を吐露するもの。
内容は「ここずっと 一日中横になっている毎日でした。息苦しさと 変な発汗と 痛みと」「10日前まで普通に歩けたのに、10歩歩くのもやっとになってしまう」という体調が悪いことを報告していた。

それでも小林麻央は、気丈に「悲しい、申し訳ない、悔しい、苦しい、たくさんの感情が湧きますが、一緒に泣いたあと残るのは、不思議と 安堵感です。苦しくても ひとりぼっちにはならない」とがんと立ち向かうことを語っていたが、これはもう本当に厳しい状態だったことは読み取れる。

小林麻央は足のむくみが酷く、歩くのもやっとで、息苦しさなどが綴られているのを見ると、余命が近いのではないか?と思える内容になっていた。

最後に更新したブログKOKOROの記事タイトルは「オレンジジュース」

小林麻央 (1)

本人もブログに書いているが小林麻央は、身体中に転移している可能性があったので、痛み止めが、普通の痛み止めが効かなくって、オレンジジュースぐらいしか口に出来ない状態になっていた。

小林麻央 (2)


痛み止めの量も段々と量を増やしても効果がなくなり、モルヒネまで使用していたが、それも効果がなくなっていたと思われる。

退院前に公開した顎までの痛みには、痛み止めが効かない状態。

人生で一番泣いた日 (1)

薬は投与量を増やすほど、その効果は上限なく強くなるが、薬の用量を増やすのは効き目が悪くなったからではなく、がんの進行によって痛みが激しくなったようだ。

要するに小林麻央の最後のブログ「KOKORO」がすべてを語っているように、小林麻央は「かなり全身にがんが転移はしていた」状態。

そして、その至るところの痛みに耐えれず痛み止めを使っていたので、食事も顎が痛いのでオレンジジュースを飲んでいたことを報告した。

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小林麻央のブログ「KOKORO」で報告した足のむくみ


小林麻央は6月に退院した際に足のむくみが酷いと報告していたが、小林麻央がブログで公開した足のむくみはヤバいほどはれ上がっていた。


この足のむくみは、内蔵機能が低下して水分調整ができなくなると浮腫が出てくる状態。

浮腫にも様々な種類があるが、例えば、腎臓は身体の水分を調節したり、老廃物を尿として排出する役割をもっているが、その腎臓が破壊されるとその機能が低下し、余分な水分やナトリウムを排泄できず、体に残ってしまい、この水分と老廃物で足のむくみになってしまう。

ほかにもがんの影響で、リンパ管の圧迫や狭窄のためにリンパ管の流れが悪くなると、リンパ管の内容物がリンパ管の外にしみ出し、むくみが現れるので、小林麻央の場合は、乳癌患者がよく患う合併症を患っていたと思われる。

これが出てくるとかなり厳しいことは、小林麻央本人もこの時点でわかっていたのだろう。

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小林麻央の最後の言葉


市川海老蔵の会見で明かされた、小林麻央の最後の言葉は「愛してる」だったという。

これは海老蔵だけではなく、家族や友だちなど、小林麻央の周りの人たち全てに宛てた言葉なのだろう。幼い子供たちを残して旅立たなければいけないことは、悲しいことかもしれないが、心の中に愛が溢れた状態で最期を迎えたのは、とても幸せなこと。

小林麻央は、最後まで諦めず、入院中は鼻に管を入れた写真を勇気を持って公開している。

小林麻央顎 皮膚癌6

まだ小さい子供たちを残して、自分が先立つことの無念さは計り知れない。

34歳の若さを考えると本当に残念としか言いようがない。ただ、唯一の救いは自宅で家族に見守れながらということが出来たこと、これは医師の計らいもあったのだろう。

普通ならそのまま入院を続けて、病院で亡くなることが多いが、担当医師は小林麻央の希望でもあった「自宅で家族に守られながら」ということを汲んだことで、最後の言葉「愛している」が海老蔵は聞くことが出来た。

延命措置を捨てたことは、恐らく海老蔵は医師から伝わっているはず。

小林麻央が最後に「愛してる」という言葉を海老蔵はこれからどう子供たちにどう伝えるのか、を考えると胸が苦しい。やれブログ収入だ、やれ死ぬ死ぬ詐欺だと非難を受けても、真っ直ぐに純粋に勇気と笑顔を発信されてきた小林麻央は、本当に透明な想いの美しさの喪失感に包まれる。

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小林麻央のブログ「KOKORO」は生きた証明

小林麻央顎 皮膚癌1

人は最期、苦しくなり、動くことも、目を開けることもできなくなった状態でも、最後まで聴力だけは残ると言われている。

なので、小林麻央は話すのも苦しくて、おそらく20日以降は返事すらできなくっていたと思われる。

すでにもう元気はなくなっていて、なるべく短い言葉で「愛してる」とだけ発した。これは、小林麻央の残った力を振り絞った言葉。

実際は、肉体的苦痛が邪魔して、そんな悠長な事を言ってる状態じゃないというが、小林麻央の肉体は最後の瞬間まで諦めずに生きようと努力した。

人間は巣立つときは様々な手助けをもらって行くことが多いが、最後は自分に都合よく終わりを迎える、とは限らないとよくいわれている。

そう考えると、小林麻央は愛する家族に囲まれたまま旅立つことが出来たので、幸せな人生だったといえる。一度きりの短い人生、普段から悔いの残らないように生きた証をブログ「KOKORO」に記録した、小林麻央の最後の言葉は胸に突き刺さる。 

小林麻央さんの魂はなくならないので、いつまでも家族を見守っていることだろう。

ご冥福お祈り申し上げます。

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出典: 独女ちゃんねる
詳細は引用元へ:小林麻央 ブログ「KOKORO」余命最後の「オレンジジュース」記事が泣ける【画像】

 - 独女



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